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Posted by aomu0815
 
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ロイヤルオンタリオ博物館
トロントにある大きな博物館『ロイヤル・オンタリオ・ミュージアム』。

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広い館内になんでもかんでもありました。(←良い意味です。)

例えば、息つぎするため水面に顔を出したアザラシがホッキョクグマに襲われる

シーンが再現されていたり・・・

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(仲良さそうにも見えます。)


小次郎だってちゃんと居ました。

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現代に存在したらとんでもないことになりそうな恐竜の化石だってあるし

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現代のシンプルモダンなインテリアトレンドと真反対の姿勢を貫くインテリアの化石

『ヴィクトリアン・パーラー(応接間)』だって再現されています。

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(でも改修中の我が家はどっちかというとコレを目指しています。)


一方で、4000年の時を越えたエキゾチックな人もいれば

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2000年にわたって睨みを利かせた大理石の人々も。

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それに比べると、100年弱の綱引きなんてまだまだ。

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(モーリス・ジェラルド=リビエール作 アールデコ ブロンズ像 1920年代・仏)


虹色に輝くガラス細工は

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(ガラス器 1~5世紀・シリアもしくはパレスチナ)


いつの時代も人々の憧れ。

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(ルイス・C・ティファニースタジオ作 リリー・ランプ 1910~30年代・米国)



最後は、古代ギリシャの人々が使った日用品と

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現代の北米の人々が使う日用品。

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(写真中央:アンカーホッキング社『ファイヤーキング』サファイアブルー フィルビー マグ
1940年代・米国)


展示物のチョイスにところどころに北米ならではの視点が垣間見られる

とても興味深い博物館でした。




blog 小次郎もフェイスブック登録しようか考え中。by小次郎

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Posted by aomu0815
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[番外編:オンタリオ州
お風呂とドアノブ
引き続き、トロントの大豪邸『カサ・ロマ』の紹介です。

本当に30室も必要だったのか今となっては分かりませんが、こちらがカサ・ロマ内にある

お風呂場の一部です。

見事に大理石だらけです。

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そして、テルマエ・ロマエのルシウスさんもきっとびっくり驚くシャワールーム。

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このシャワー、いったいどうやって使いこなせばよいのかよく分かりませんが、蛇口を

いろいろひねってみると四方八方から身体に向かって水があたる仕組みになっているようです。

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きっと当時としては究極の贅沢だったのでしょうが、なぜか洗車機の人間版をイメージして

しまったのは私だけでしょうか。


このお風呂場も大理石だらけ。

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赤ちゃん専用のバスタブまであります。


こうしてみるとお風呂に相当お金がかかっていることは感じられましたが、いつもの

ドアノブチェックをしてみるとこの通り。

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意外にシンプルです。

ドアノブオタクの夫曰く、19世紀後半に北米で流行した装飾が施された高級ドアノブたちは

20世紀に入ると一気に製造が廃れてしまい、その後流通したのはシンプルなデザインのものが

ほとんどなのだとか。

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だから、1911年から着工した『カサ・ロマ』はその豪華絢爛なイメージにもかかわらず

ドアノブだけが質素な印象なんですね。


とはいえこうしてペレット氏は念願の『夢の城』を現実のものにしたわけですが、建設工事

開始から3年目の1914年、第一次世界大戦が始まり工事どころではなくなってしまいます。

挙句の果てには、戦争によって悪化した財政状況の改善を狙ったトロント市によって

『カサ・ロマ』の固定資産税率は大幅に引き上げられたのでした。

これは当時すでに懐具合が芳しくなかったペレット氏にとっては大打撃で、やむをえず

カサ・ロマ内の家財道具を競売にかけましたがその収益も十分な足しにはならず、結局

住み始めてたった10年で一文無し同然で夫人とともに館を去ることを余儀なくされたのでした。

その後巡り巡って『カサ・ロマ』はトロント市の手に渡り、1937年から一般公開されています。

なんだか時代の流れ(というかトロント市の都合?)に振り回されてしまったようで

気の毒なペレット氏ですが、一般公開されたことについては『この館は皆で楽しむために

建てたんだからこれでいいんだ』と笑顔で仰ったんだとか。


今回見学した『カサ・ロマ』は大変素晴らしいものでしたが、きっとペレット氏本人も

素晴らしい人格の持ち主だったのでしょう。




blog ヴィクトリア・デー、おめでとさん。by小次郎

Posted by aomu0815
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[番外編:オンタリオ州
寝室いろいろ
20世紀初頭に建てられたトロントの大豪邸『カサ・ロマ』。

よく映画のロケ地としても使われているそうです。

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(カサ・ロマで撮影された映画のポスターたち)


そんなカサ・ロマの2階には、美しい寝室がたくさんありました。

こちらは『ウィンザー・ルーム』という名前の寝室。

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エンジェルたちと一緒にお行儀良く眠ることができそうです。

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カナダ女王専属ライフル銃兵連隊の指揮を執っていたペレット氏は、いつか王室の方々を

お招きして、この部屋に泊まっていただくのが夢だったようですが、残念ながら実現は

しませんでした。


もう一つ、お客様用の寝室。

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館の中で唯一シノワズリをイメージしたアジアンなインテリアでした。


そして、こちらがペレット夫人の寝室。

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やっぱりウェッジウッドのジャスパーカラーがお気に入りだったようですね。


こちらはペレット氏本人の寝室。

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ベッド脇にペレット氏お気に入りのちっちゃな大砲を置いています。


最後に使用人の寝室。(3階にあります。)

もし選べるならば、私としてはペレット氏のウォルナット製のベッドが理想ですが、

実際のところ一番落ち着いて眠ることができそうなのは、この使用人のベッドの

ような気がします。

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太っ腹なペレット氏のもとで働く住み込み使用人の多くは、食事付きでそれなりのお給料も

出ていたそうなので当時としては結構良いお仕事だったようです。

とはいっても毎日100部屋近くも掃除するのはさぞかし大変だったに違いありません。

広いわ天井高いわで、切れた電球を取り替えるだけでも相当な手間だったんじゃないかと

思います。


(次回へ続きます。)




blog 小次郎も『シカゴ』みたみたー。by小次郎

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[番外編:オンタリオ州
カサ・ロマ見学
20世紀初頭にトロントの大富豪ヘンリー・ペレット氏が建てた『カサ・ロマ』の

中を紹介しています。

まずは1階から。


こちらはペレット氏の書斎。

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あれ、意外に質素・・・と思いきや、家具は事情により当時のものとは異なるそう。


しかし、当時のまま残っているこの美しい暖炉の脇には隠し扉がありました。

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(この暖炉も含め、この館の中には25種類もの暖炉があるのだそうです。)

ペレット氏はこの扉を使ってどこへ逃げるつもりだったのでしょうか。


続いて図書室。

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・・・だそうですが、この広さ。

ここで舞踏会ができそうですね。

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朝食をいただくための部屋。

写真は省略させていただきますが、ダイニングルームは別であります。

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部屋に軽やかな印象を与えてくれるウェッジウッドのジャスパーのような白と青の

組み合わせ(壁部分)はペレット夫人の好みだったようです。


大理石の床が美しいコンサバトリー。

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冬の間この暖かく明るい空間で過ごしたアジサイたちがすでに花を咲かせていました。

上を見上げると、ブドウの模様が描かれたドーム型のステンドグラスを見ることが

できます。


あまりに部屋の数が多すぎて忘れてしまいましたが、おそらくこちらは応接間。

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とにかく部屋の数が多いのです、なんと全部で98部屋もあるんだとか。

歩き回ってへとへとに疲れきってしまう前に、2階へ上がることにします。



blog 個人邸宅としては部屋の数はカナダ最大。by小次郎

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[番外編:オンタリオ州
いざ、丘の上の館へ
トロントのダウンタウンから少しだけ北の方角へ行ったところにある小高い丘の上に

建つ豪邸『カサ・ロマ(Casa Loma)』へ行ってきました。

1911年から3年がかりで建てられた、中世ヨーロッパのお城のような建物です。

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大きすぎて全貌が写真に全く収まりませんでしたが、この建物は若き頃から中世の

大きなお城のような家に住みたいと願い、それを現実のものとしてしまったカナダの

有名な大富豪ヘンリー・ミル・ぺラット氏(1859~1939)が建てたものです。

(スケールの差はあれ、どこか身近で聞いたような話です。笑)

しかしその後色々な事情で彼の手を離れ、現在はトロントで最も有名な観光

スポットの一つとして一般公開されています。


日本語のパンフレットと音声ガイドをもらって中に入ると、いきなり目の前に

広がったのは高さ18mの天井を持つ『グレート・ホール』。

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思わずあんぐりと口を開けて上を見上げてしまいます。


美しい暖炉の上と左手に飾られている肖像画の人物がぺラット氏。

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社交的な性格に加え、お金の使い方が相当豪快な人だったようで、一般市民からも

かなり人気があった方なのだそうです。

また若い頃は走るのがものすごく速かっただとか、カナダ女王専属ライフル銃兵連隊の

指揮を執っていたなどという面白い経歴の持ち主ですが、そもそもぺラット氏が

どのようにして富を得たのかというと、もともとは23歳のときに父親の経営する

証券会社の共同経営者になったところから始まるようです。


そして時はちょうどトーマス・エジソンによる電球の発明が注目されていた頃。

トロント市内への電力供給がこれから必要とされる事業になると考えたぺラット氏は

証券取引での経験を活かして1883年にトロント電力会社を設立します。

結果、いわば独占状態でトロント市内への電力供給を果たし、事業は大成功。

その後もあらゆる事業に手を広げ、1901年には21企業もの社長となったぺラット氏。

翌年にはナイアガラの滝での水力発電事業の契約も果たし、1905年には軍歴が

評価され王室からナイト(騎士)の称号も与えられました。

こうして順風満帆な人生に追い風を受け、巨額を投じて『カサ・ロマ』(スペイン語で

『丘の上の館』という意味)を建てたぺラット氏。

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次回も彼の築き上げた『夢の城』をご紹介したいと思います。




blog ぺラットくんはお金のあるロマンチストやな。by小次郎

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